ブログ カテゴリー「氣とは」

ブログの中で、「氣とは」に関するものです。

氣力

氣力が萎えると

元氣が無くなるやる氣が失せる

氣力が充実すると

元氣が出るやる氣が起きる

氣力が人を積極的にさせ

充実した人生を送る源となる

追い風を吹かす

剣で斬ったり突いたり払ったり

身体の力でそれらをやれば

力んだ動きとなる

心で追い風を吹かし

それに乗って動けば

無駄な力が抜け

氣剣一致の動作となる

氣は心の潤滑剤

元氣が無いと

心を次のことへ向けられない

一つところに止まってしまう

元氣が有れば

心を次へ次へと向けて行ける

氣は心を円滑に動かす

潤滑剤のようなもの

雰囲氣と人生

人を引き付ける魅力のある人は

人を引き付ける雰囲氣がある

人を引き付ける魅力のある人は

運やチャンスを引き寄せる

雰囲氣が変われば

人生が変わる

想いは「氣」で伝わる

愛情は感じられるが

愛情そのものを見ることは出来ない

優しさは感じられるが

優しさそのものを見ることは出来ない

愛情や優しさは

目に見えない「氣」の動きとして伝わる

優しさはかたちに非ず

優しい言葉があるから優しいのか?

優しい行いがあるから優しいのか?

言葉や行いがなくとも

優しさを感じることがある

「氣」でその人の優しさが伝わって来る

氣と滞り

サラサラと流れる水は澄んでいるが、

流れの滞った水は濁ってくる

風通しの良い場の空氣は爽やかだが、

風通しの悪い場の空氣は淀んでくる。

人の氣も、何かに囚われていると

怒りや不満、不安や心配等で濁ってくる

何事にも囚われずにいれば

清々しい爽やかな氣のまま

愛情は実在!?

愛情、思い遣り、優しさ…

それらは、物質として有るのか?無いのか?

無いとしても、その人から感じられる

癒す、解す、温める…

落ち着かせる、安心させる、元氣づける…

そんな力を持ったものが

その人から発せられている

「氣」は心の強さの素

元氣な時は

些細なことが氣にならない

やる氣がある時は

少々の苦難も乗り越えて行ける

「氣」は、心を強くする素

明るさをみる

懐中電灯の明かりが暗いので

電池を変えたら明るくなった

表情が暗いので

○○したら明るくなった

○○は人それぞれ

○○によって「氣」が出てくれば

表情は明るくなる

相手の「氣」をみて

「氣」が出る手助けをしてあげるのも

愛情の一つ

共に動く「氣」

元氣な人、やる氣のある人に

圧倒されることがある

圧倒されることを

空氣にのまれるとか

雰囲氣にのまれると表現することがある

元氣な人、やる氣のある人は

空氣や雰囲氣を持っていて

空氣や雰囲氣と共に動いている

心で変わる「氣」

本氣であれば、

本氣の雰囲氣があり

それが伝わってくる

陽氣、陰氣、強氣、弱氣…

それぞれ雰囲氣があり

それが伝わってくる

心の状態によって

発する「氣」の様相が変わる

「氣」の場

水中の生き物は、水がなければ生きていけない

陸上の生き物は、空氣がなければ生きていけない

水や空氣など、その場にあるものは

生き物の中と外を行き来し、生き物を生かしている

こんな考えはどうだろう

我々は「氣」の場の中にいる

「氣」は我々の中と外を行き来し、万物を生かしている

安心を生む「氣」の包み

優しく包むように子を抱っこします

触れるだけ、触れずとも、見えずとも、

氣持ちで優しく包むことは出来ます

そうやって氣持ちで包まれた子は

安心してすくすくと育っていくのでしょうね…

「氣」の根

根を伸び伸びと張った草木はしっかりしている

それは草木だけでは無理で

地面との繋がり、一体感があればこそ!

我々も天地との繋がり、一体感があればしっかりしている

氣持ちの根を

四方八方に伸ばしてみよう!

氣のない言動・氣のある言動

氣のない返事

氣のない言葉

氣のない態度…

それらは、

誠意、熱意、思い遣り、本氣度等…

有るべきものが無い

来るべきものが来ない感じ

「氣」があってこそ

相手の心に伝わる言動になる

我は外界と一体

私たちの身体の半分以上は水だという

飲食によって外界から体内に取り入れ

排尿や皮膚からの蒸発等によって体内から外界に出している

水の視点でみると、外界と体内は絶えず交流している

水も交流しているが、「氣」もまた交流している

外界と交流することによって我々は生きていられる

外界と我々は分け隔てなく一体

「氣」の淀み

水や空氣が流れないでたまることを、‘淀む’という

沈滞して活氣がなくなることも、‘淀む’という

活氣がない方の淀みは、何が淀むのか?

「氣」が存在し、それが淀むと考えてみよう

「氣」は「心」で動く

「心」で「氣」が交流した方が、その場が活氣付く

「氣」は心を明るくする基

同じことを見聞きしても

思いや考えは人それぞれ

陽氣な人は明るく考え

陰氣な人は暗く考える

「氣」は心を明るくする基

「氣」は空氣のよう

決して威張らず、出しゃばりもせず

皆に恵みを与え、

静かに皆を守っている

有って当たり前で、

皆その存在を意識していないが、

無いと困る

「氣」は、空氣のような存在

心を伝える「氣」

音は、空氣等を媒体として伝わってきます。

では、「雰囲氣」「氣配」「愛情」等、何となく感じ取れるものは、

何を通して伝わってくるのでしょう?

もちろん視覚から入る情報もありますが、

「心」の状態を伝える何かしらの媒体があると考えても良いのでは…

それが「氣」であり、

「氣」を通して「心」の状態が伝わってきます。

「氣」は心と身体の栄養素

元氣がないと、ついつい考えが消極的に

元氣がないと、だんだん身体が弱ってくる

「氣」は、心と身体を生き生きとさせる栄養素

大自然が与えてくれている大いなる恵み

空間を持っている

私たちは、心と身体を持っている

もう一つ、空間を持っている

落ち着いている程、静かな空間

元氣な程、広い空間

その空間が、その人の持つ雰囲氣

良質な空間を広げましょう

「氣」は干天の慈雨

氣を向けて話を聞いてあげれば、相手は安心する。

氣を向けて世話をしてあげれば、相手は癒される。

「氣」は相手の心身に入り込み、柔らかく解してくれる。

干天時の乾いた土は固いが、

雨天後の湿った土は柔らかくなる。

「氣」はまるで、干天の慈雨のよう。

物に氣を通す

手から「不注意」に物を落としてしまう。

“手”に「意が注がれていなかった」のでしょうか。

大事なものだったら、落とさないかもしれません。

“物”に「意が注がれていなかった」と考える方が自然でしょう。

物に「意を注ぐ」、これを物に「氣を通す」といいます。

氣を通せば、そのものと繋がり、不注意に落とすことはなくなります。

仏になる!?

仏像の背後にある後光(光背)は、

仏の光明、即ち、慈悲や智慧を表しているとのこと。

仏の光明は、あまねく世界を照らしているそうです。

自分の心身からも、そのような光が出ていると思ってみては如何でしょう。

もちろん、慈悲や智慧の心を以て。

実は、心身統一合氣道の教えは、

「万有を愛護し、万物を育成する天地の心を以て、」

「氣を(天地の果てまで)出す」という教えなのです。

似ていませんか?(^_^;)

「氣」と「気」

元氣・陽氣な人は、エネルギーが外にあふれ出ている感じ。

病気・陰気な人は、そのエネルギーがあまり出ていない感じ。

エネルギーが外にあふれ出ている感じに相応しいので、

元氣・陽氣は、中が「米」の「氣」の字を使いました。

エネルギーがあまり出ていない、〆(しめ)ている感じなので、

病気・陰気は、中が「〆」の「気」の字を使いました。

氣付きました?(*^_^*)

どんどんエネルギーを、外に向けて発しましょう。

大切な人を守る広い感覚

群れで生活する野生動物のボスは、

群れの仲間が危険な目に合わないよう、

四方八方に氣を張り巡らせています。

つまり、広い感覚を持っています。

私たちも、家族や大切な人を守る為に、

広い感覚を持っていると良いでしょう。

「氣」の風

風にも色々あります。

心を和ませる優しい風

心を閉ざさせる荒々しい風

氣持ち良くさせてくれる爽やかな風

心身を緊張させる冷たい風…

「風」を、その人が発する「氣」と置き換えてみましょう。

心の状態で、その人が起こす「氣」の風が変わります。

それが、「雰囲氣」となります。

周囲に良い影響を与える「氣」の風を出していたいですね。

「氣」は明るさ

嬉しそうな人、楽しそうな人、幸せそうな人は、“明るく”みえます。

まるでライトのスイッチが、オンになった状態。

ライトからは光が出ていますが、

人からも何かが出ていると考えてはどうでしょうか。

それが「氣」であり、

「氣」がたくさん出ている人が「元氣」なのです。

「氣」をたくさん出して、明るい人生を歩みたいものです。

暖かい雰囲氣

優しく穏やかな人は、包み込むような“暖かい”「雰囲氣」があります。

一方、攻撃的な人は、突き刺すような“冷たい”「雰囲氣」があります。

「雰囲氣」は実在し、

その人の「心」の状態によって変わり、

相手に影響を与えるものと考えられます。

“暖かい”「雰囲氣」は、相手の心を開き、癒す力があります。

“暖かい”「雰囲氣」を発せられる人になりたいものです。

氣持ちで包み込む

寝ている子を、起こさないように静かに抱き起こして

寝床に運ぶシーンを想像してください。

子の身体全体を運ぶ為に、どこかにぶつけないようにする為に、

氣持ちは子を包み込んでいませんか?

「氣持ちで包み込む」

これは、介護の場面等にも役立ちます。

人を、“癒やす”ことにも役立ちます。

目付きと「氣」

穏やかに眺めているときは、周囲を感じ取れますが、

にらんだときは、にらんだ方向しか見えなくなっています。

このときに「氣」は…

穏やかに眺めているときは、氣が四方八方に通った状態にありますが、

にらんだときは、氣が通わない状態にあります。

氣が四方八方に通った状態だからこそ、“氣付き”や“氣配り”ができます。

車の運転、護身、接客等々…日常の様々な場面に関係しますので、

普段から穏やかに眺めるような眼差しをしている方が良いでしょう。

「元氣」あふれる

元氣な人は、些細なことは氣にしない“明るさ”があります。

周囲の物事に動じない“強さ”があります。

「清泉湧出すれば、旁水の渾入するを得ざる 」といいます。

清水が湧き出ているところには、傍らの水は入っていけません。

元氣な人からは、まるで清水のような“元氣パワー”が

あふれ出ていると考えてはどうでしょうか。

元氣を出したい人は、自分からもそういうものがあふれ出ていると

イメージするだけでも違いますよ。(^o^)

優しい氣持ちの伴う手

お孫さんの身体を優しく撫でるお祖父さん・お祖母さんの手。

子供を優しく抱っこするお父さん・お母さんの手。

ロボットの手には真似できない。

それは、人間の手が単なる“物”ではないから。

優しい氣持ちが伴っています。

優しい氣持ちが伴う手は、人を癒し、元氣付ける力があります。

人間に与えられたこの能力を、充分に活かしたいものです。

氣が通う握手

草取りをする時、葉だけがちぎれて根が残ることがあります。

心を根に向けて、根を感じながら抜くと、根まで抜き易くなります。

これを、根に氣を通わせるといいます。

握手する時は、相手に心を向けて、相手のことを感じながらすると、

氣持ちの通う握手になります。